家族信託を知ろう (1)認知症への備えとなる仕組み
▼7人に1人が認知症に

認知症高齢者は2030年には523万人、高齢者の約7人に1人となる推計が厚生労働省研究班により示されました。今、親の認知症は誰にとっても身近な心配事です。
認知症対策では、介護など身体面の方針に加えて、本人の財産管理の方針も考える必要があります。財産所有者の判断能力が十分でなくなると、契約等の法律行為ができなくなるため、事実上、財産が凍結状態になるからです。
特に、介護などの費用を本人の財産で工面するつもりがあれば注意が必要です。たとえ本人が「いずれ自分に介護が必要になったら、定期預金の解約や自宅の売却を行って、自分で資金を捻出しよう」と考えていたとしても、認知症で判断能力が不十分となった後は、こうした財産の処分を行えず、予定していた資金を確保できなくなってしまうのです。
▼アパート経営にも影響

親がアパートなどを所有している場合、認知症はその賃貸経営にも悪影響を及ぼします。たとえば、新規入居、建物のリフォームや修繕といった、賃貸の継続に不可欠な各種契約も、オーナーの判断能力が不十分になると実行できなくなります。将来、お子さんが相続する予定のアパートが管理不足によって、価値が損なわれるおそれもあります。さらには、生活費を年金と賃貸収入の両方でまかなっている場合、認知症でアパート経営が不調となれば、日常生活もままならなくなるでしょう。
認知症による本人の財産管理には、いくつか方法があります。その一つとして近年注目されているのが、「家族信託」です。他の方法に比べ、管理方法を家族で柔軟に設計しやすい点が 特に注目を集めています。
▼家族を信じて託す「家族信託」

家族信託とは、財産の管理や処分を、信頼できる家族に託す契約を指します。信託法による財産管理において、信託する相手を家族とするものを、このように呼んでいます。
家族信託では、①委託者(財産の所有者)、②受託者(財産の管理を任される者)、③受益者(その財産から生じる利益を受ける者)の3つの役割で財産を管理する仕組みとなります。
例えば、親の認知症に備えて、親のアパートの管理を子に任せる場合、①委託者と③受益者を「親」に、②受託者を「子」にする信託契約を親子間で結びます。 すると不動産賃貸は子の判断に任せながら、家賃は引き続き親の収入とすることができます。委託者と受益者がいずれも親であるため、贈与税の課税対象にはなりません。
家族信託以外の対策として、裁判所の監督を受ける「成年後見制度」(法定後見・任意後見)も選択肢となります。両者を比較すると、家族信託には次のメリットがあります。
・判断能力を失う前から効力が発生するため、すぐにでも管理を任せられる
・裁判所が監督する制度ではないため、財産の運用面で自由度が高い
・二次相続での承継先まで本人の意思を反映できる
その一方で、状況や目的によっては家族信託以外の制度を利用すべきケースもあります。次回は、成年後見制度と比較し、より詳しく解説します。
▼元気なうちに話すことが大切
実際に、家族が認知症になった後で行える財産管理の対策は限られます。家族信託もまた、認知症になる「前」の健康なうちに契約しなければ利用できない点に注意が必要です。
元気なうちに「認知症になったらどうするか」を家族で話す機会をもつことが何より大切となります。
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